懐郷

「いらっしゃいませ!」
「うちのタコスは――」

 人通りの多い店の席では楽しげな談笑や店の呼び込みの声や波音も騒がしいというよりは、心地よい場所だった。トライヨラの海へと日が沈んでいく景色が見られる良い席だが、今日は景色を見に来たわけではない。目の前に座ったアルフィノは先ほどから羽ペンを握りながら眉間に力を入れて、片方の手では紙の束の端をつかんだり、人差し指で確認をしている動作のままで止まっていたり。
「この部分と、後は」
 向かい側の席ではぎりぎり聞き取れるかという声の大きさでうまく言葉がまとまらず、時々「う」と声になるかならないかの音を出していたりの動作を繰り返していた。珍しくお互い滞在地が近かったことも有りトライヨラで落ち合あうことにしたが。
「聞きたいというか、確認したいことが――」
 言葉を発した後に再び羽ペンと紙へとアルフィノの視線が戻っていってしまったが、『約束をしたあのとき』は上機嫌で返事をしたはずなのだが、今は本人が賢明に伝えようとしているのはもちろん伝わるので一つ一つの言葉を待っていた。
 お互いの飲物も、なくなりそうだったので、何か買ってくるかと思案していたところ今度ははっきりとした声が返ってきた。
 どうやら伝えることは決まったのだなと、視線をアルフィノの方へと向けた。羽ペンを握りしめながらまっすぐにこちらを見ている。

「イゼルの絵を残したくて、色の相談がしたかったんだ。彼女の立場ではいろいろ難しいのはわかってはいるんだ。だから、それならばまずは私とエスティニアンと彼で思い出として残しておくことはできないかと。」

 突然のことで「絵を?アルフィノが、あれだ、絵がうまいのはよく分かっているが、あー、俺には、何も助言はできることはないかと……いや、色? 」と、こちら側の回答も少しおぼつかないもの、となってしまっていた。
 正直なところアルフィノから提示された質問が当初想定していた内容では全くなかったということもあるが、突然出てきた「イゼルの話」と絵の話となり多少なりにも動揺をしてしまった、うろたえる、と言ったほどではもちろんないが、さて――

 どうしたものかと視線を移すが、日が沈みきり海辺に灯りがつき始め店先に置いてある灯りや楽しそうな行き交う人々へと視線が泳いでしまう。ふと露店に目をやると「どこかには居そうだ」と思っていた相棒を見かけたが、今は自身のタイミングが良いとは思えないので見なかったことにしておこう。あの動きは店を手伝っている動きだった。
 今はこちらも対応しなければならないのと、相棒というか悪友というか動揺しているのも見せたくはないなという気恥ずかしさが出てきている。

 こちらの動揺は先ほどからアルフィノには伝わっていたが、俺の視線の先にも気が付いたらしく再び羽ペンを持ち、紙にいくつかの言葉を書きながら声がかかった。
「彼にも相談をしたいから声をかけておいたよ、席でエスティニアンと合流する前にちょうど見かけてね。後で席に来てくれると思うよ。そういえば、伝え忘れてしまっていたね、申し訳ない。」
 後で、は確定か。気の置けない間柄ではあるから3人での行動はもちろん「いつもならば」問題はないのだが今は話題が。と、このあと合流してくる相棒とアルフィノに挟まれていろいろと伝えるのか。今度は自分の眉間に力が入り込み、ぐっと言葉が詰まる側へとなっていた。

 少し落ち着いたところで、質問が始まっていく。3人そろってから始まるのかと思ったが相棒には軽く聞いていたから後でまた、とのことらしい。
「モノクロで絵を残すことはよくあるのだけどね。色を付けようと考えたときにエスティニアンと彼には相談しておきたかったんだよ。」
 エスティニアンから視線をずらし、ペンを握り直しながら紙へと描き込んでいく。
「……俺から目を離していいのか。席を外すかもしれないぞ。」
 少し意地悪かもしれないが軽口の一つとして投げてみた。
「そんなことはしないと信じているから大丈夫だよ、確認をしたいのは紙の色と、瞳の色と服の色と……」
 最近はかなり理解してもらえているのはありがたいが、少し照れくさい。
 仕方がないが答えなければならないな。と腹を固めた。
「イゼルの瞳の色は透明な白さで、なんというのかな透き通った水のような色かなと思っていたけど、彼は『真珠みたいなキラキラな瞳!雪に反射したらすっごくピカピカしていたよ!』と言っていたのでね。素敵な感じ方と表現だよね。」
 アルフィノの表情が和らいでいた。あの頃の話を穏やかにできるようになったというのも時間が癒やしたというところもあるとは思うが、相棒が底抜けに明るい言葉などをずっとかけ続けていたのもあるだろうなと、羽ペンのインクを足しながら、再び書ける準備を見計らい伝え始めた。
「あいつの……目は……そうだな、濁りのない青みがかった、雪のような白。」
 その言葉を受けて懸命にペンを走らせてる。
「目の色はみんなはこんなところかな。次は髪の色。そうだね――」
「髪の色はアバラシア雲海に立ちこめている雲のような、灰白色だな。服は青い……深い氷層の濃い青か。」
 いくつか思い出せる色を伝えたが、故郷で見た景色を思い出しながら伝えていた。
 羽ペン置きにかたり、と置く音が聞こえたので思いに耽るのをやめて再び描いていた紙へと目をやる。色を、ということだが今回はこの場で絵を描いたり塗ったり、などではなかったらしくメモだけをしていたみたいだ。
「ありがとう、本当に聞けて良かったよ。その土地の人たちが感じる『色』というものを聞きたかったからね」
 イゼルのことを少し思い出しながらというのは少しまだ、ここまでくると恥ずかしいというか、それだけではなさそうな気はするが。全くと自分の感情の整理も追いつかなくなり眉間に皺を寄せて悩んでしまっていた。
 ため息をつきつつ、目を開けたらアルフィノの横に相棒が立っていた。
「御注文お決まりっすか? あ、じゃなかったな。色の話だったか。服は海みたいなきれいな深いところの青とか、もうエスティニアンから聞けたか? 髪の色は――」
 なるほどたしかに。色という物は思ったよりも感じ方がここまで違うものか。
 相棒は一つずつ丁寧に思い出そうとはしているみたいだが、日が暮れてまばらに星が出てきた空をぼんやりと眺めながら、アルフィノの頭を手で無意識にぽんぽんとしながら伝えたり、時に髪の毛をくしゃりとしていたり、自分の言いたかったことが言えたときにはアルフィノの肩を掴んで喜んでいた、アルフィノもまた嬉しそうに笑っていた。
 色の話をしたときは無意識にあの地を懐かしんで話していたのかもしれない。4人でいたときは故郷の話をするとやはり苦しくはなったもので、あまり率先しては話さなかったことだった。
 一通り相棒は伝えたい内容がまとまったようなので声をかける。
「相棒もアルフィノも、何か飲みたい物はあるか俺が買ってくる」
 飲物を選ぶため立ち上がったが、相棒から「そうだそうだ」と楽しげに声をかけられた。
「あのジュース店手伝っていて、さっきスペシャルなの頼んできたんだよ。海みたいな青のキラキラで雪みたいな氷を乗せて、上には赤いかわいい果物。モーグリのポンポンみたいにしておいた!俺も受け取りに行く。」
 相棒も立ち上がり店まで向かう。久々には思い出話でも。というところか。
「それじゃ4個……いや5個受け取ってくるか、モーグリの飾りってことは、相棒、俺、アルフィノの分と、氷……イゼルとモグタンの分で。」
 声をかけたら満足げに足早に店へと向かっていった。

 故郷のことや今までのことを思い出すことは今まで抑えてくることが多かった、まだ胸が痛むというのはこれからも続くだろうが。「懐かしむ」というのも悪くはないと思えるようになれたことには感謝だな。

 一足先に相棒が到着した店先で「もっとふわふわに、いろいろ盛りたくなってきた! 」「とってもすてきなアイデア! 」と、店員と思われる人物と華麗に果物をさばき始めたので人だかりができ始めていた。
思い出話の前に、まずはあの注目を集めている相棒を止めなければ。

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