雪晴れ

 月明かりに照らされ、ドラゴン族と人の融和時代に建造された像や建物を横目に、焚き火の薪が燃えて時々パチリと大きな音を立てる。
 焚き火の前とはいえ、やはりドラヴァニア雲海の夜はやはり肌寒く感じ、時々岩肌の傾斜に沿って風が強く吹き、背の高い木々を揺らしていた。イゼルの耳には先ほどから自然の音、時折少し遠くから聞こえてくる冒険者とアルフィノの話し声、モグタンの寝息だけが聞こえてくるのみで詰まる所、火の番を共にしているエスティニアンとの会話はほぼない状態であるため余計に周りの音を耳が拾っていた。
 焚き火を囲み、それぞれの信念や過去の話を一通りした後に、やはり全員すぐには寝付けずにいたので、冒険者は率先して元々の明るさもあるのだろうが
「そうだ気分転換に少し歩こう、ついでに薪は十分あるけどもう少しだけ補充しておくか。あ、あと木の実とかも落ちてないかな~少し小腹がすいた!」
 とアルフィノに声をかけ、余り遠くへは行かず焚き火の見える範囲での散歩を提案していた。
 既にモグタンは寝付いている状態であり、焚き火の前から全員いなくなるという訳にはいかないのでイゼルとエスティニアンは残ったが、
「少し薪を足しておいた方が良いだろうか」
「そうだな」
 と、一言二言話しては終わり特に会話らしい会話、というのもないままだった。
「おいしいクポの実の見分け方は……」
 時折モグタンの寝言が合いの手のように入り、時間は過ぎていった。

 冒険者とアルフィノは散策を終えたらしく焚き火側へと戻りながら、道中頭をわしゃわしゃとなでている姿がイゼルとエスティニアンの目に入った。
「こうしてみると、年相応の坊ちゃんに見えるな」
 兜の上からの表情は全ては読み取れないが、ほほえましく思っているのだろうと想像できる声音だった。
「もうあまりあのぐらいの歳のことなんかは思い出せないがな、……いや思い出さないように、してるのかもしれないな」
 深いため息の後、右手に力入れて努めて過去の事を言わないように、思い出さないようにとしているのが見て取れた。
「さて、全て片付けるにはまだ早いが」と並べて一部の道具を少しだけ片付ける準備しておこう、とエスティニアンが立ち上がりイゼルもそれに続いた、立ち上がり歩き始めたのはイゼルの方が早かったがその足は道具の方へ、ではなくエスティニアンのいる方へ歩いて行き、ぺたり、とイゼルは頭をなでるように立ち上がりかけたエスティニアンの兜の上に手を置いていた。
 咄嗟のことだったのでイゼルの手をつかんだエスティニアンだったが、イゼルからは兜越しに口元しか見えないため表情が読み取れない。だがしかし、いきなり手を置いてしまったのはイゼルであり、イゼル自身も無意識での行動だった。
「ああ、すまない」
 とすぐに兜から手を離した。
 ――私はなぜ無意識にエスティニアンの頭をなでたのか
 と考えたが、幼い頃に両親に、そして高地ドラヴァニアで助けられた当時マルスシャンたちが頭をよくなでて落ち着かせてくれていてくれたこと、を思い出したからか、年相応のアルフィノの反応を見たときにふとエスティニアンの過去を思い出して何となく、つらそうに見えたからか?
 ――いや、それでもいきなりはなぜ……
 考えを巡らすが、先ほどからうまく考えがまとまらない。

 ざくざく、と冒険者の足音がこちらに向かってきて、少し遅れをとりアルフィノがすたすたと戻ってきた。
 冒険者には先ほどの行動がちょうど見えいたらしく焚き火に居るモグタンは寝たままなのを確認し、イゼルとエスティニアンの二人をちらり、と見ながら
「何か慰めたり励ましたりしたくなったり、なんていうか仲良くなれそうだな、みたいなきっかけとか出来たんじゃないか?」
 と、冷やかすでもなくただ冒険者の思ったことを口にだしていただけだった。
 だがイゼルとエスティニアンにとって、今の状態はなんとなく、ではなく、なぜか気恥ずかしい気分だったので二人そろって
「は?!」
「あ?!」
 と、同時に大きな声を出してしまった。
 幸い、アルフィノの視界からは先ほどあった二人の兜のやりとりが見えていなかった。
「どうしたんだい二人とも、同じタイミングで声をあげるなんて。短時間のうちにいろいろ打ち解けられたのかい?」
 こちらも悪気なくまた冒険者と似たことを言われたので、同じタイミングで「は?!」 「あ?!」と大きな声を出していた。
「ほーら、また同じタイミングで、いや~俺としては結構仲良く……」
 と言いかけた所でアルフィノに軽く腕をつかまれ、視線で「これ以上はあまり……」と止められた。
 
このドタバタでしばらく沈黙が続いたが突然「おいしいクポの実の秘密が!」という寝言と起きかけている寝ぼけが混ざったような状態で、元気にモグタンが起床を始めたため、なんとなくこの場は収まり、ドラヴァニア雲海の冷たい風がまた少し強く吹き、雲海の空は少しずつ明るくなり始め日の光が差し始めた。

 ――この星海で、彼らにまた出会えるとは。
 星海での戦いが終わり、再び彼らの力になれた事の喜びにイゼルの目が輝きに包まれた。
 しかし星海に還るところで姿は既に保ててはおらず、発した声は皆には届かなかった。
 それでもきっと彼らは分かってくれただろうと、また最後に少しでも力になれてよかった、と心の底から思えた。
 少し離れたところにエスティニアンを見かけ、去り際に冷たい冷気をまとった風でふわりと頭をなでていった。
 以前は兜越しではあったが、風で髪が揺れる。
 ――今思うと、たしかにあの時お互いの過去の事を思い出して、拙い動きではあったが慰めようとしてたんだな。
 と、やっとここで自身の行動にも納得がいった。
 エスティニアンの目が少し大きくなり、その後かすかな微笑みの中、
「こっちはこっちで、何とかがんばるさ、だから、安心してくれ」
 と小さく、周りには聞こえない程度の声でつぶやいた声は、イゼルの元へときちんと届いた。

 ――ありがとう
 イゼルからの声は先ほどから皆にはもう届かないが、それでもきっと思いは届いてると思い、無数の星が輝く漆黒の星海へとイゼルは還っていった。

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